千手寺周辺の歴史に関する情報
最近、インターネット上などで、八木城攻めの際に明智光秀が千手寺を拠点とした、
また山中に砦跡がある、といった情報が見られます。
これらについて、千手寺に伝わるものとは異なる内容が含まれているため、
以下のとおりお知らせいたします。
最近、インターネット上などで、八木城攻めの際に明智光秀が千手寺を拠点とした、
また山中に砦跡がある、といった情報が見られます。
これらについて、千手寺に伝わるものとは異なる内容が含まれているため、
以下のとおりお知らせいたします。
千手寺には、明智光秀が当山を拠点としたという言い伝えは残っておりません。
一方、明治末に本山・妙心寺へ提出した「寺籍調査表」には、
天正5年(1577年)の戦いにおいて、当山を内藤備前守の陣所としたため、
光秀による兵火に遭い、大半が焼失したという内容が記されています。
山中に砦跡があるという情報も見られますが、千手寺にはそのような言い伝えは残っておりません。
また、参道𦚰の石垣については、古い田んぼの石垣跡です。
「砦跡」があるという情報については、真偽が確認されておらず、見た目で砦跡とわかるようなものは山中にはありません。